大人を信じない子供 子供を信じない大人。

ゲームで自衛力養う 警視庁できょうからHP掲載

ドキドキまあちゃんゲーム

※注 記事内容からかなりズレてます。

昼休みに軽く見ました。でも、何の為なのか、何がねらいなのか、どうあって欲しいのかがあっしにはわかりません。警視庁広報課の担当者の方は「何が危険なのかを具体的に教えたい。親子で楽しみながら、被害を防ぐ方法を身に付けて」と話しているらしい。おそらく意図どおりの効果はあると思う。でも、その「効果」が良いものなのかどうか。あっしには疑問です。

防犯ブザーを持たせるのも、それを使用するのもあっしは賛成です。そうでなくて、そういうとこ以外の部分に疑問を感じます。もの凄く極端な目でこのゲームを見ると、親御さんの言うことをよく聞いて守り、他の大人は信じるな ってなことを言ってるように見えます。親以外の大人を信じない子供。あっしだったら、そういう子供さんとは関わり合いたくないので、知らない子供さんが何かに困ってそうな場合でも、できる限り無視するように心掛けようと努力します。・・・いや、表現が遠まわしなのは、そんなことあっしには無理だからで。きっと、助けようとしてしまいます。偽善者だし。そういう状況なら。でも、こういうゲームで学習している子供さんはこちらの意図など関係なく、防犯ブザーを鳴らすかも知らん。まぁ、これはさらに極端で、実際には断る程度なのだろうが。大人に頼らない子供さん。自力で全て成し遂げられればそれで良いのかも知れない。

・・・本当に良いんだろうか。そんなんで。と、子供は子供しか信じれなくなる。親御さんは除きますけど。そういう状況を肯定するんであれば、大人も大人で子供を頼るべきでない。これも親御さん以外で。ついでに言うなれば、「子供に頼るな」という意図が含まれた今回のようなゲームの大人用を作って、大人な方の意識を変えるのが先じゃないかと。・・・もちろん本気でそんなこというつもりは無いです。これっぽっちも。

おかしいでしょ。そんな世の中。子供は子供。大人は大人。子供さんと繋がれる例外はその親御さんのみ。子供に頼れない大人。大人に頼らせない子供。大人に頼れない子供。子供に頼らせない大人。そんなんで世の中上手く回るのか。性悪説が悪いとは言いません。それを植え付ける必要があるのも否定できません。でも、「それだけ」というのは止めて欲しいっす。信じる術を提示もせずに、性悪説のみを植え付けようとする 今回の警視庁のゲームは嫌いです。個人的に。不信の連鎖を作りたいのだろうか と思ってしまった。こんな一つのゲームで大げさなこと考えてしまう、あっしが変なんでしょうが。

大人を信じない子供。子供を信じさせない大人。子供を信じない大人。大人を信じさせない子供。そんな世の中。嫌だなあ。あっしは。疑うことを否定はしませんよ。でも、相手を信じる為の理由を探そうともせずに、拒絶するのは違うのではないかな。今の世の中、残念ながら 疑う ことは必要だと思うっす。でも 疑う のと 拒絶 とでは違うんでないかな。疑う ことを教えるのは難しいです。と、 拒絶 を教えたくなるのもわかります。こっちのが簡単だし。でも、安全かどうかの点では大差ないと思うのだが。実は。親御さんとして見れば常に 拒絶 してくれた方が安心ではあるのだろうけれども。その結果、大人になっても同年代しか信じられないような人間になるのだとしたら それでも、 拒絶 を選ぶんかな。

せめて、 疑う余地 のある世の中であって欲しい。親御さん、並びにおまわりさん、それにあっしは含めた駄目大人はせめて 疑える 状況を作る努力をしなければならないと思うっす。疑う ってのはまだ「信じる余地」が残されてる状態ですから。疑った 結果として 拒絶 をするのであればそれは仕方ないと思います。はじめから 拒絶 の回答しか用意されてない状況よりは大分ましですから。それでも、良いわけはありませんが。信じる努力(疑う) と 拒絶 その術。両方ともに必要なことです。

防犯ブザーを子供さんに持たせる この程度で乗り切れる世であって欲しいものです。
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by zetumu | 2005-03-01 17:02 | 一言いろいろ
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