私が望んでいるのは無味乾燥の社会なのだろうな

歌舞伎町が“浄化”される 都が迷惑防止条例改正案

タイトルを読み、文の始めを読んだ段階でまず「いいじゃないか」と思ってしまった。私はあまりこの界隈を歩くことが無いから。「浄化」されるのであれば、夜とかでも気楽に歩けるようになるかも とか。そんなことを思ってしまった。私は「危険」より「安全」のが嬉しい。至極個人的に。だからと言って、「監視・管理社会」を望んでいるわけでは無い と思っていたのだけれど。違ったらしい。どうやら、私は「監視・管理社会」を望んでいるみたいだ。望んでるつもりはないのだが「歌舞伎町の浄化」を即肯定するのが本当の私らしい。どうしようも無いな自分。真に駄目人間だな私。口で「監視・管理社会を望んでない」ようなことを言いながら、その実は「監視・管理社会を望んでいる」らしい。私の性格から考えるにたぶん当たってるし。安全を重視し過ぎている感が強い。私の場合。自制に慣れまくっているからだと思う。禁止事項に対して従順になる性格も災いしているのかも知れない。禁止事項に従うことを苦と捉えていないみたいだ。やっぱり私はどこか歪んでいるのだと思う。2極化されはじめている社会の片側に位置していることを再認識させられた。きっと、私の思いが全て実現されるような世は「無味乾燥の社会」になるのだろう。そんな社会に自分をおいて、私は日々を過ごしたくない と思っている。思っているが、それを望んでいる矛盾をこの文章を読んで感じた。きっと、「監視・管理社会」が自分にとって楽だからなのだろうな。だから、嫌だと思っても望んでしまってるんだな。少しは性格を直すよう懸命になる必要があるのかも知れない。
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by zetumu | 2004-11-17 11:37 | 一言いろいろ
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